「装飾的に愛らしく極める」2008年

「染織は人の暮らしに近いもの」このあたりまえのフレーズが忘れられ既に久しい。言い換えればそれは、ここ100年の染織の芸術化とも言うべき傾向と歩調を合わせてきた。得たものの背景には失ったものがある。染織をアートとして評価することで失ったもの、私はここ10年それが気になって仕方がなかった。それとは日常にあるものをいとおしく「愛でる」という価値である。しかし近年はパブリックな美術館でも『KAZARI-日本美の情熱』(※1)、『デコ-装飾』(※2)など装飾にかかわる企画が多いことをみれば、それは私だけの杞憂でなかったようだ。

『KAZARI-日本美の情熱』では、仏像、仏具や着物、屏風はもとより、鎧(ヨロイ)、兜(カブト)から、箱迫(ハコセコ)、煙管(キセル)、根付(ネツケ)、簪(カンザシ)にいたるまで馴染みのないメイドインジャパンが等価に並んでいる。くらしーかざるー美術が有機的に結合していた時代があったことを今さらながらに確認する。『デコ-装飾』では、陶器や漆器、ガラス、染め物といった工芸品に施された装飾にスポットがあたり、それは若い女性にはやりのデコデン(※3)にもパラレルな関係性があるとも指摘されている。

今回の展覧会で紹介するのは、その流れに呼応するかのような女性4人による作品である。いずれの作品もデコでカワイくカッコイイ。つまり「装飾的に愛らしく極める」という日本の美意識をそのまま彼女らのDNAに持っている点が特徴的である。またかつての工芸作家がこだわったアートとしての成立に価値を置かないばかりか、アートそのものにもさしたる重要性を置いていないかのようにも見える。事実、布を重ねたデコラティブな平面やオブジェをつくる西岡桂子はネイルアーティストという別の顔も持ち、川野美帆は刺繍の「手わざ」や「手芸性」をもあえて重んじるスタイルを見せる。空間にしつらえることにこだわる荒姿寿、ロウを執拗なまでに多用する西頭真美子、いずれもがアートや染色の従来のお約束を逸脱しているかのような印象だ。しかし実は染色からも離れすぎず、その距離の取り方が絶妙であると評価したい。なぜなら染色は時代とともにあるべきもの、汎用性があるべきものだと思うからである。今回紹介できるのは一握りの新人だが、清流館という場で、かれらに「染め」の次代を試しに軽く預けてみたいと思う。そうすることで今の染色の閉塞感を少しは突破できるのではないかという期待を抱かせる新人たちである。

企画展「めくるめく色彩とイメージ」に寄せて

※1『KAZARI-日本美の情熱』

 2008.5.24-7.23/サントリー美術館、その後京都文化博物館、広島県立美術館を巡回

※2『デコ-装飾』

 2008.7.17-9.23/東京国立近代美術館工芸館

※3 デコデン

 ラインストーンなどできらびやかに飾られた携帯電話機

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