「展覧会「ネオ・テキスタイル」で考えたこと」 2011年

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 「染織テキスタイル」を語るにはその定義や明治以降の美術のありようを理解してから始めなければならない。しかし、時間と紙面が足りないこと、加えて私が研究者でないことを言い訳にして省く。その上で、ここ数年間の活動を経ての感想—幾ばくかの反省と、期待の域を超えない展望—を述べる。

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この展覧会は「今、染織はつまらない」と感じた私たち教員が企画し、2009年と2010年の2年連続で開催した(注1)。染織の閉塞感を憂いていたし、まとまって考える時間を持ちたかった。領域を限定して自己表現する染織作品に矛盾はないか、失速を続ける産業としての染織の問題は何に起因するのか、若者がこの領域にどんなビジョンを持つのか。これは広く美術全般の問題であると言えなくもない。美術館やギャラリーが価値の創出や文化の牽引力を持たなくなりつつあることは既に言われ、久しい。とすると大学という制度に閉じて染織を教育するシステムももう間尺に合わないのか。考えなくてはならない。時代は変わりつつある。それがどういうものなのか具体的に私にはまだ見えない。しかし、次代の予兆を感じることはあり、それを捕まえてみたいと思った。そんな試みの展覧会であった。1年目はまず「作品」と「商品」について考えた。同一会場にキャプションとプライスカードが共存している。刺繍やネイルアートなど、あえて雑多な染織世界を意識した。もう1つの目的は、「素材技法を前提とした表現」にあるジレンマについて、トークショウで語り合うことであった。2年目は、企業の協力を得て、産業資材を使って造形表現を試みた。いずれの年も、いわばアートの「裏」とコミットした。そこに何かが潜んでいる気がした。この展覧会の試みはその後、大学院ゼミへ(注2)と引き継がれ継続している。これら一連の活動のなかで、染織テキスタイルの向後を予感させる出会いや発見があった。その数例を挙げてみたい。

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 『SOU・SOU』<http://www.sousou.co.jp/>は若林剛之氏による京都のブランド。日本の伝統の軸線上にあるモダンデザインをコンセプトに地下足袋、衣服、雑貨の製造と販売をする。有松絞りや伊勢木綿、モスリン等産地の再生を手がける。『モリカゲシャツ』<http://www.mrkgs.com/>はシャツの企画、製造、販売をする京都の会社。代表の森蔭大介氏は、カウンター越しにお客さんと接する寿司職人のようにシャツを作る会社、ヘラブナ釣りのような「待ち」の経営業態とも語る。『手染メ屋』<http://www.tezomeya.com/>の店と工房は隣り合わせ。天然染料を使用した時代錯誤的な染め手法で製品を染め販売する。目指すは、街の手作りパン屋さんのような染め工房。「できたて」と「御用聞き」ができることと主宰の青木正明氏は語る。

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私たちは今、アートフェアやミラノサローネやプルミエルビジョンのような海外の価値ではなく、自分たち日本人のための新しい価値を欲しているということだ。そこではおそらく「由緒を知る」ことや「見えている」こと、「近い」ことが大事なのだ。例えば手染メ屋の商品にはどんな染料を使用したかがわかる染料由来の色名が付いている。染料になる植物も水も豊富、色素抽出が容易なアジア文化圏ならではの話である。色は数値や単位で計ることがすべてではない。わずか3日間で百着を売り上げた「四角衣」展(注3)にも可能性を見た。学生が丁寧に説明しながら自作を売る。高くも安くもない適正な価格。作る人も売る人も買う人も「みんなうれしいものづくり」だと若林氏は言う。ふつうのことなのだろう。私は、美術側にいる者として、近代美術がその拠り所としていた「内面の深化」「社会問題と向き合う」アートに夢中になっている間に、ものづくりの大切なもう1つの価値「エンターテイメント性」を見失ってしまったことを反省したいと思った。少なくとも染織テキスタイルに限っては、美術・工芸・デザイン等における旧来の分野区分に拘りすぎていてはいけない。では何を心がけるべきか、思いつくままに挙げてみると「アジアであること」「日本の手仕事を見直すこと」「実験を可能にする数量限定生産」「再生」「修正」「素材と技術の関係を発想のルーツとするものづくり」など。つまり、地域性、技巧性、過程性、日常性、無名性、職人性、協業性である。

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結局は、文法を変えるということだ。西欧のそれではなく、「自前」の価値観を持ちたいと思う。グローバルスタンダードや、欧米のマーケットなどいらないと言ったら言い過ぎだろうか。世界の美術制度の土俵に登ることが現代の美術なら、その逆の方向—地域のために地域が作る。日本人のために日本人がつくる、見える範囲で自足する文化—というのもなかなかいい。バンコクの町を闊歩するタイパンツ姿のスレンダーな男性は、パリコレのランウェイ上のモデルよりも数段にカッコイイと思えた。

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注1:「ネオ・テキスタイル」第1回展2009年7月22日-8月2日。第2回展2010年12月1日-12日ギャラリー楽で開催。京都造形芸術大学染織テキスタイルコース専任教員、大高亨、高木光司、久田多恵、仁尾敬二、八幡はるみによる企画。

注2:成実弘至、大高亨、八幡はるみによる大学院ゼミ「地域ブランドの研究

注3:SOU・SOUプロデューサー若林氏によるプロダクト授業の一環。伊勢木綿を染めて縫製した貫頭衣服「四角衣」の制作と発表。

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